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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)6749号 判決

原告 渡辺一郎

被告 神村政也

主文

被告は、原告に対し、東京都杉並区大宮前三丁目五十四番地所在家屋番号同町五十四番の五十六木造瓦葺平家建家屋一棟建坪十七坪七合五勺を明渡し、且つ昭和三十一年三月一日以降右明渡済みに至るまで一カ月金一千一百六十四円の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、金員支払の部分に限り仮りに執行することができる。

事実

一、原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、東京都杉並区大宮前三丁目五十四番地所在家屋番号同町五十四番の五十六木造瓦葺平家建家屋一棟建坪十七坪七合五勺(以下、本件家屋と略称する。)を、これに近接して建築された木造ルーフイング葺平家建建物一棟建坪五坪を収去して明渡し、且つ、昭和三十一年三月一日以降右明渡済みに至るまで一ケ月金千二百六十九円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

(一)、原告は、昭和二十三年頃被告に対して、その所有に属する本件家屋を、賃料一ケ月金五、六百円(その後、昭和二十九年頃一ケ月金千三百円、昭和三十年頃一ケ月千六百円、昭和三十一年頃一ケ月金千八百円に増額された。)毎月末、持参払いの約定で賃貸した。

(二)、ところが、被告は、昭和三十一年十一月末頃、原告において事前にその増築の申出を拒絶したにもかかわらず、本件家屋の南側に近接してその敷地内に木造ルーフイング葺平家建物一棟建坪五坪を建築し、右建物に動力線を引込み、旋盤様の機械を据付けて運転使用し、工場として右建物を使用するに至つた。そのため、庭の部分は、殆ど全部つぶされて了い、本件家屋の住宅としての効用は害され、又作業に伴う騒音により、原告所有の隣家に住む借家人にまで迷惑を及ぼすに至つた。このような被告の行為が本件家屋の賃借人としての被告の建物保管義務に反することは、明らかである。

(三)、その上、被告は、昭和三十一年三月分以降の本件家屋の賃料支払を延滞している。

(四)、そこで、原告は、昭和三十一年八月十七日被告に対し、書留内容証明郵便をもつて右被告建築建物の収去と延滞賃料の支払とを一週間以内に履行するよう催告し、右期間内にその履行のない時は、本件家屋についての賃貸借契約を解除する旨の停止条件付契約解除の意思表示を発し、右郵便は翌十八日に被告に到達した。しかるに、被告は右催告期間内に右各履行をしなかつたので、原告と被告との間の本件家屋についての前記賃貸借契約は、右いずれかの停止条件の成就により同月二十五日の経過をもつて解除された。

(五)、よつて、原告は被告に対し、右契約解除を原因として本件家屋を右被告建築建物を収去して明渡すことを求めるとともに、昭和三十一年三月一日以降同年八月二十五日までの本件家屋の公定賃料一ケ月金千二百六十九円の割合による延滞賃料の支払及び同年八月二十六日以降本件家屋明渡済みに至るまでの右賃料相当額の、被告の本件家屋不法占有による損害金の支払を求めるため、本訴請求に及んだと述べ、

立証として、甲第一号証の一乃至四、甲第二、及び第三号証の各一、二を提出し、原告本人の尋問の結果を援用した。

二、被告は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁及び抗弁として、

(一)、本件家屋についての原告主張の賃貸借契約は、昭和二十年一月頃原告と被告の母との間に締結されたものを被告がひきついだもので、その内容は期間の定めなく当初の賃料は一ケ月金二、三十円(但し、昭和二十三年当時の賃料は不知、その他の賃料が原告主張のとおりであることは認める。)毎月末持参払いであつたが、昭和二十六年頃から原告の代理人である原告の母との約定により取立払いに改められたものである。

(二)、原告主張のような増築の申出をしたとの点は否認するが、その主張の頃、その主張のような工場を原告に無断で建築したことは認める。しかしながら、右建物に動力線をひいたり、機械類を運転使用したことはなく、従つて隣人に迷惑をかけたとの点は否認する。

(三)、被告に原告主張のような賃料不払の事実のあることは認める。

しかし、これは、原告において故意に賃料の取立を怠つたことによるもので、被告には遅滞の責任はない。

(四)、原告主張の日時、その主張のような書留内容証明郵便が到達したこと、その催告期間内に被告建築建物を収去しなかつたことは認めるが、原告主張の契約解除の意思表示の効果は争う。

(五)、本件家屋の公定賃料が一ケ月金千二百六十九円であることは不知と述べ、

立証として、被告本人の尋問の結果を援用し、甲第一号証の一乃至四につき、本件家屋を撮影した写真であることは認めるが、撮影年月日、撮影者は不知、原告説明の部分は否認する、その余の甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

当初の契約締結の日時及びその経緯はさて措き、本件家屋について原告と被告との間に昭和三十一年当時、賃料一カ月金千八百円、毎月未払(賃料支払方法が、持参払か取立払かとの点も、論外とする。)なる賃貸借の存したこと、被告が原告に無断で元来住宅用に供されている本件家屋の敷地内に木造ルーフイング葺平家建物一棟建坪五坪を建築したこと、被告が昭和三十一年三月分以降の本件家屋の賃料を支払つていないこと、原告が昭和三十一年八月十七日被告に対し、書留内容証明郵便により右被告建築建物の収去及び延滞賃料の支払を、一週間の期間を定めて履行方催告し、右期間内に履行のないときは、本件家屋についての右賃貸借契約を解除する旨の停止条件付契約解除の意思表示を発し、右郵便が翌十八日被告に到達したが、その催告期間内に右履行がなされなかつたこと、以上の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、先ず被告のなした右無断建築が、本件家屋の賃借人としての被告の建物保管義務に違反し、右を理由とする本件家屋についての原、被告間の賃貸借契約解除の意思表示がその効果を生じたものであるかどうかにつき、考えてみる。

本件家屋を撮影した写真であること当事者間に争いのない甲第一号証の一乃至四及び原告、被告の各本人尋問の結果を綜合すると、被告の建築した建物は、本件建物の庭にコンクリートの塀を一方の壁として利用して建築されたもので、本件家屋とは全然接続していない独立の建物であることが認められる。従つて、このような建物の建築を目して、本件建物の改築又は増築であるとはいえないであろうが、元来本件家屋のように住宅用の独立した家屋についての賃貸借が、その敷地をも含めてなされることは当然であつて、その場合、借家人の建物保管義務は必ずしもその建物のみについて生ずるものではなく、その敷地、付属設備等についても、善良なる管理者としての注意義務を要求されるものというべきである。もつとも賃借家屋の敷地内に付属建物を建築したからといつて、常に賃借家屋の保管義務に違反するというわけのものではなく、右違反となるかどうかは、その付属建物の形状、大きさ、その建築が賃借家屋にとつて有益なものであるか否か、建築の際の当事者の態度、事情等を参酎して社会通念に従つて決定されるべきであることは、勿論である。

そこで、本件の場合であるが、前記のように、本件家屋は、建坪十七坪七合五勺に過ぎないのに、その敷地内に被告の建築した建物は、建坪五坪に及ぶものであること、右建築に当つて原告の承諾がなかつたことのほか、被告本人尋問の結果により認められる次の事実、すなわち、被告は右建物において五人の工員を傭つた上、四分の一馬力のモーター、やすり等を使用してプラスチツクの板加工作業をしていたこと等にかんがみると、被告の右建物建築行為は、家屋の賃借人としてのその保管義務に違反するものであり、且つ、右違反の程度は、本件家屋についての原被告間の賃貸借契約について存ずる信頼関係を破壊し、その解除の原因となり得るものといわねばならない。

そうだとすれば、右事由を原因とする原告の停止条件付本件契約解除の意思表示に付された催告期間が徒過されたことは、前記のとおりであるから、(原告の定めた一週間の催告期間は、相当である。)右契約解除の意思表示は、その終期である昭和三十一年八月二十五日の経過をもつて効果を生じたものというべきである。但し、被告本人尋問の結果によると、前記の被告建築建物は、昭和三十一年十一月一日に収去されたことが認められるので右契約解除を理由として本件家屋の明渡しを求める原告の請求部分は、その理由があるが、右建物の収去を求める原告の請求部分は、その目的を欠くものとして棄却すべきである。

次に、未払賃料及び右契約解除後の損害金の支払を求める原告の請求について考えてみる。

被告が昭和三十一年三月一日以降の本件家屋の賃料を支払つていないこと、被告が本件家屋を占有していることは、いずれも当事者間に争いがない。そして、本件家屋の昭和三十一年三月一日以降の公定賃料が昭和二十七年十二月四日建設省告示第一四一八号による算定基準に従うと、少くとも金一千一百六十四円であることは、計算上明らかである(この額は、成立に争いのない甲第二号証の一により認められる本件家屋の昭和三十一年度の固定資産税課税評価額十七万九千五百円の千分の三・七、二十四円に本件建物の延坪数十七坪七合五勺を乗じたものに地代相当額(本件家屋の敷地は、右甲第二号証の一により、少くとも十七坪七合五勺以上であることが認められるので、右甲号証の記載に従い、右坪数の昭和三十一年度の価格に千分の三を乗じたもの)を加えたもの、但し、円未満の端数切捨。前記告示により、都市計画税が課されている土地については、その幾分かを加算することとされているが、これに関する立証がないので加算の限りでない。)

そうすれば、前記認定のように、原告被告間の本件家屋についての賃貸借契約が、昭和三十一年八月二十五日をもつて解除されたものである以上、未払賃料及び右契約解除後の損害金の支払を求める原告の本訴請求中、昭和三十一年三月一日以降同年八月二十五日までの一カ月金一千一百六十四円の割合で未払賃料の支払及び同年同月二十六日以降本件家屋明渡済みに至るまで右賃料相当の損害金の支払を求める原告の請求部分は、正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきものである。

よつて、原告の本訴請求は、右各限度において理由あるものとして認容すべきであるが、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条但書を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条(原告は、本件家屋の明渡を求める部分についても仮執行の宣言を求めるが、右部分について仮執行の宣言をなすのは適当でないと考えられるので却下すべきものとする。)を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤井一雄)

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